見守るって本当は苦しいんだよね。
簡単に聞こえるけどさ。
本当は手を貸したくても、それをしたら本人のためにならないし、失敗して泣くことになると分かっているのに手を出せない。
でもさ、それに慣れてくると少し変わってくるのも知っている。
あぁ、この事は失敗すると分かっていても良い経験になるから今後のためにも、と敢えて経験してもらう。フォローに入るのはそれから。
逆に失敗させてはいけないことの場合は、止めるか、どうしてもと言う場合はリスクを極力減らす方法を一緒に考えて実行してもらう。
そして、大きく進めさせない。
やってみて、良くないと判断したらその時点で検証してその後のことを考えて中止させる。
だけど最近はそれさえ難しいように思えてならない。
勝手な思い込みかもしれないけど、本当の見守りじゃない気がしてならない。
世知辛い世の中って感じ。
やだやだ。
まぁ嘆いても仕方ないから、自分ができることを自分の手が届く範囲でやるだけだ、と割り切っていけばいいかと思う。
それを冷たいというなら、そう言う人間の方が本当は冷たいのさ。
分かっている人間なら『そうなってしまうよね』と理解を示すからね。
だから人付き合いが減っていく。
そう言うわたしは『ボッチ』さ。
気楽でいい、変に気を遣わなくて済むし誰かの機嫌を取らなくても良いからね。自分の機嫌さえ取っとけばいいのだから。